それは恋です


 
(平和な高校生の日常のヒトコマ)

「また知らぬ殿方に言い寄られたのじゃ。どうしてこう東京の男はすぐに声をかけてくるのじゃ」
 たまきのキャスター付きの椅子に座ったまま左右に大きく回転しながらぼやいた声の主は、貴布ここの。いまやすっかり彼ら封印クラブの部室と化した保健室では、たまきが職員会議で不在なのをいいことに、放課後の時間を過ごしていた。
「わしはあれが苦手でたまらぬ。しつこい上に不快じゃ。どうしたらいいのじゃ?」
 このの問いに、身を乗り出すようにして反応したのは、長椅子に腰掛けていた壬吾だった。
「なんなら練習してみよかここのちゃん!わいが練習台になったるで!!」
 親指でビシッと自身を指差して満面の笑みを浮かべる壬吾に、葉霧が冷たい一瞥をくれる。
「壬吾、それマジで言ってる?」
 たまきの机にけして行儀がよいとは言えない格好で腰かけていた葉霧は、セーラー服の長いスカートから覗く足先をぶらぶらと振りながら続ける。
「あんたじゃ街のキャッチの兄ちゃんにしかならないわよ、壬吾」
「なんやとぉ!オイコラ葉霧、よう見や、ワイのどこがキャッチの兄ちゃんや!」
 長椅子を立ち上がりいきり立つ壬吾にも動じず、葉霧はさらに重ねる。
「鏡で見てごらんよ。ねぇここの、あたしがナンパの断り方を教えてア・ゲ・ル」
 立てた人差し指をアクセントに合わせて左右に振りながら、ウインクする葉霧。自身は女っ気たっぷりの仕草のつもりでやっているのだろうが、さすがに普通でないセーラー服の格好ではどうもよろしくない。
 なんやかんやとここのを挟んでやりとりをしだす壬吾と葉霧を見ながら、双葉はひとり静かに沈黙を守る十斗が気になっていた。
「瀬具くんは行かなくていいの?」
 向こうの三人には聞こえないくらいの声で、双葉はそう訊ねる。
「何がだよ」
 双葉のほうを見直して問う、十斗の表情がいつもにまして不機嫌そうに見えるのは、双葉の気のせいではないだろう。
「ここのさんのこと、気になるでしょう?」
「ハ!なんで俺が、」
 不機嫌さと侮蔑の入り混じったような声音。
 一瞬怯みそうになるけれども、負けずに双葉は続ける。
「ここのさんのこと、好きなんでしょう?」
「・・・ぬけぬけと聞くんだな」
「好きなんでしょ?」
 双葉自身、自分でも驚くような問いを口にしている自覚はあったが、何故かはわからないが止められなかった。
「ったく、このチンチクリンが」
 いつものように「チンチクリンじゃないもん!」と反論する気も起きないほどの、優しい声音。
 さっきとはうって変わって真面目な表情になった十斗の顔を、双葉はじっと見つめた。
「・・・わからない」
「わからないって、瀬具くん、」
「ただ、」
 言葉を続けようとする十斗を、辛抱強く待つ。なにやら言葉を探しあぐねているようだ。
「・・・大事なんだ。ただ大事にしてやりたい。好きとか嫌いとかそういうことじゃなくて、あいつが笑っていられるように・・・守ってやりてぇんだ」
 壬吾と葉霧の話を聞き入っている様子のここののほうへと向けられた眼差しは、すぐそこを見ているはずなのに、どこか遠くを見ているようで。
 十斗の視線の先にあるここのの姿を同じように見つめながら、その感情は「好き」の範疇を越えている、と思った双葉だった。

大人なようで子供っぽい十斗と、子供っぽいけど大人な双葉ちゃんでした。
三者の視点で十ここを書くのもいいじゃん、という新たな境地。
タイトルは双葉ちゃんの内心のツッコミ。

(2012/08/30 公開)