夏だ!祭だ!風印まつり!


 
(巻之参ラストから巻之四までにかけての夏休みの話。作中に登場する祭りは架空のものです)

 W県での夏期研修が終わり、新たな仲間が加わった封印クラブ。
 あれからひと月、すっかり夏休みも後半にさしかかり、ひさびさの登校日に顔を合わせた面々は、二学期からの転入になるため授業には参加しなかった葉霧と、保健室で合流した。
 必要以上に長いスカートのセーラー服と、高い位置で無造作に縛った髪型は相変わらずで、どうやらこれが彼女の常態らしい。私服通学の風印高校ではさぞや浮く、もとい目立つだろうと壬吾は思う。そういう壬吾も、いくら自由な校風の風印高校といえども自身の金髪が悪目立ちしているのだが。そもそも今ここにいる面子は、かなり普通ではないことは確かだった。
 この暑さにもかかわらず(それでも夏仕様だという)短ランを着込んだ十斗を間に挟むような格好で、スケバンスタイルの葉霧と、古風な話し方をするここのがなにか話している。
 双葉の姿がないことに疑問をもった壬吾の耳に、軽やかな足音とともに扉の開く音が届く。
「遅くなっちゃてごめんなさい〜」
 唯一、封印クラブの良心とも言える存在の登場に、壬吾はたまらず頬を緩めた。
「双葉ちゃ〜ん!!」
 今日も双葉ちゃんはカワエエなぁ〜と思いながら、他愛もない会話を交わす。このひとときが壬吾にとって癒やしである。夏休みの間、何度も誘いの声をかけたにもかかわらず封印クラブ以外の活動では会えなかったことが悔やまれる。
「そうや、ポスター見たんやけど、この週末『風印地区夏まつり』っちゅーのがあるんやて?」
 壬吾の発言に、双葉が視線を上げた。
「わい、祭と名のつくものが大・大・大好きなんや!わいの大阪人の血が騒ぐ〜!っちゅうか。なな、お願いや、双葉ちゃん、案内してくれへん?」
 自然な素振りで訊ねる壬吾だが、これは周到に計画した『遠まわしなデートのお誘い』で。
 関東に引っ越したあかつきには、双葉と二人きりで出かけるチャンスがあるに違いない!と思っていた壬吾だったが、なかなかその機会は訪れる兆しはない。
 今回の夏祭りのポスターを見て、これほど自然に双葉を誘える口実はないと、夏休み最後のチャンスとばかりに賭けたのだった。
 双葉の返答を内心でどきどきしながら待つ壬吾の耳に届いたのは、悲しいかな、予想外の人物たちの声だった。
「なに、お祭りやんのかい?」
「まつり、とは、なにかを祀る祭祀か何かか?」
 楽しそうじゃん、と指を鳴らす葉霧に対し、怪訝そうに問うのはここの。
 余計な邪魔をしくさって、と瞬間的に思っても双葉の前である以上、無下に追い払うわけにも行かず、ぐっとこらえた壬吾はそんな自分を褒めたくなる。しかし、とてもいやな予感がした。
「そっか、みんな風印町の人じゃないから知らないのかぁ〜。K区には、江戸三大祭の一つに数えられる有名な八幡さまの例祭をはじめ、夏から秋にかけての期間に花火大会やお祭りが結構あるんです。特に八幡さまの三年に一度の本祭りなんかは盛大にお神輿が出て、町内を回るんですけど、『風印地区夏まつり』はそういうのじゃなくて、食べ物の屋台がいっぱい出て、花火もあって、その名の通り楽しい夏の一大イベント、って感じかな?」
 丁寧な説明をしてくれた双葉に、「さっすが双葉ちゃんや、なんでも知ってる上に優しい!」と言おうとしたところ、双葉の話にじっと耳を傾ける葉霧とここのに言い出しづらくなり黙る。
 しかしこの流れでは、確実に双葉と二人きりのデートの線は消える。だが、どうしても双葉と夏祭りに行きたい。壬吾の頭の中で天秤が揺れ動く。
「・・・くっ、しゃあない!みんなで行こうやんか!夏祭り!」
 こういうとき、いっそひとまとめに面倒みてやるわ!と言ってしまうあたり損な性格だったが、まぁそれで双葉も来てくれるなら万事オーケーと考えられるくらいには脳天気な男、風祭壬吾であった。
「祭りっちゅうたら浴衣や!双葉ちゃんの浴衣姿はもうむっちゃ可愛いに決まっとる!」
 結局壬吾の目的はそこだった。普段と違う環境で、仲も進展するに違いない!という悲しい発想である。
 ビシッと人差し指を立てたポーズを決めた壬吾は、今度はハッ!となにかひらめいたように十斗を指差した。
「十やん、わいらも浴衣着なあかん! きっとわいらだけ普通のカッコしとったたら、双葉ちゃん恥ずかしがって浴衣着てくれへんわ!」
 まったく話の輪に入っていなかった十斗さえも、さも当然のように頭数に入れているあたり、壬吾も大物である。
「んな!お前の都合を俺にまで強要すんなよ。勝手に着てればいいだろ、てか、だいいち俺は祭りに行くとは言ってねぇぜ!」
 頼む、この通りや!と今にも土下座しそうな勢いの壬吾に、十斗がたじろいだ時。
「ふ〜ん、聞こえたよ、お二人さん?」
 背後から聞こえた声に驚いて二人が振り向けば、にんまりと笑う葉霧の姿。
「明日は浴衣で集合ね、勿論、ばっくれたりしたらタダじゃすまないよ、十斗〜?」
 凄みをきかせてにっこり笑った葉霧の迫力に、十斗と壬吾は無言で首を縦に振った。

***


「たまき叔母、明日『まつり』に行くことになった」
 夕方、マンションに帰ってきたたまきに、ここのは開口一番で報告した。
 ここの自身、いまいち「まつり」がどういうものか把握できていなかったが、双葉の話によれば甘くてふわふわの綿のような菓子や甘い飴がかかった林檎などが露天で売られているらしく、ここのは未知の食べ物に興味が膨らむばかりである。
 ただひとつ困ったのは、浴衣を着て集合だということ。東京に来るにあたり衣類は最小限で、浴衣などあるわけがない。それをたまきにどう相談すればいいか、ずっと思案していた。
「あら、よかったじゃない。浴衣出してあげるわ」
「あるのか、たまき叔母!」
 いともあっさり解決したことにここのは自然と笑顔になる。
 そんなここのの姿に、たまきも嬉しそうに笑いながら桐箪笥の引き出しを開ける。すっと鼻を掠める、うすい樟脳の匂いがどこか懐かしさを誘う。
「若いときに着てたものだけど、ほら」
 ここのの顔下あたりに合わせるように浴衣を差し出して、たまきは満足そうに頷く。
「うん、やっぱり可愛いじゃない、ここのにも似合うわ」
 そう言ったたまきは、出したばかりの浴衣を衣紋掛けに掛けて、そのままベランダのそばへ吊した。
「こうしておけば匂いも飛ぶでしょう」
 ひらひらと風にたなびく浴衣を見ながら、ここのは初めて行く夏祭りに思いを馳せていた。

*


 変わって駅近くのショッピングセンター。
 いつもより頬の緩んだ壬吾は、ご機嫌な調子で喋る。それもそのはず。
「双葉ちゃんが、わいの浴衣選びに付き合ってくれるとは思わんかったわ〜」
「べ、べつに、付き合ってるわけじゃなくて、私も浴衣新調したかっただけだってば」
 双葉の言葉が耳に入っているのかいないのか、壬吾の目の先には浴衣コーナー。
「お!双葉ちゃん!これなんかどうや!」
 色とりどりの女性用浴衣の中で、真剣に浴衣を選ぶ壬吾の姿。
「あ、こっちも似合いそうやわ!」
 浴衣を物色していた双葉の目に、楽しそうに浴衣を選んでいるカップルの姿が目に入った。その姿に、自分たちもなにやら同じようではないかと思い至り、双葉は気恥ずかしい気持ちになって。
「双葉ちゃんはどれも似合ってどないしよ〜」
 そんな双葉の気も知らず、壬吾は楽しそうに色とりどりの浴衣の中から双葉に似合いそうなものを一生懸命探していた。

*


「浴衣浴衣っと。確かここに、あった!」
 居候している親戚の家に帰った葉霧が、部屋に戻るなり早速取り出したのは、紺色の浴衣。
 一度も袖を通すことなく東京に出てきてしまった葉霧だったが、それは昨年、葉霧のために祖母が誂えてくれたものだった。暗い闇のような紺色の地に、まるで生まれたばかりの火種のようにぽつりぽつりと赤色が散りばめられた、それ。
「ほんと、いつ作ったんだろ、婆ちゃん」
 都会に憧れる葉霧にとっては、どちらかと言えば祖母は煙たい存在だった。祓い師を生業としていつも暗い部屋にこもっている祖母が、いつの間に頼んだのか。まるで魔法を使ったかのように取り出したのが、とても不思議だったのを覚えている。
 あれから田舎の夏祭りに出ることなく東京に出て来てしまった葉霧だったが、なんとなく置いてきがたくて持って来ていたのだった。
「東京で、友達できたよ。婆ちゃん」
 浴衣に浮かぶ赤い模様が、まるで祖母の火を見ているようだった。

*


「ったく、壬吾の奴、俺まで巻き込みやがって」
 学校から帰って来るなり、ぶつくさ言いながらも十斗は和室にある箪笥をあさる。かつて父が着たのだろうか、何枚かあるそれらを適当に見繕い、丈が足りているか身に当てる。
「浴衣着るなんて、いつぶりだろうな」
 最後に来たのは、ずっと昔、まだ小学生だったはずだ。ふと振り返って箪笥を見る。
 いくつか引き出しを開けると、丁寧にたたまれた、子供用の浴衣が見つかる。
 かつて母が縫ってくれたそれを着て歩くのが、とても誇らしかったのを思い出す。その母は、もういない。
「ったく。俺も随分平和惚けしてんな」
 そうひとりごちる十斗だったが、その頬にはうっすらと笑顔が浮かんでいた。
***


「たまき叔母、どうじゃろう」
 祭り当日。さっそく浴衣を着たここのは、たまきに見せに来る。
 白地に花唐草があしらわれた浴衣は、涼やかさを感じさせる。薄桃色の帯を文庫に結べば、さらに年頃の娘らしい可愛さも加わって。
「うん、とっても似合うわ、ここの。あ、こっちいらっしゃい、髪やってあげるわ」
 そう言ってここのの長い髪を結ってくれたたまきは、仕上げとばかりに銀のかんざしを挿してくれた。揺らすたびにしゃらしゃらと音を立てるのが心地よくて、ここのは自然と浮き足立つ。
 背後に立ったたまきが帯結びを直してくれる。それがまるで子供時代に戻ったように思えて、ここのは思わず笑う。
「ここの、なに笑ってるの?」
「いやなに、こうして外の生活を知る日がこようとはの」
「ここの・・・」
「では、行ってくるのじゃ」
「気をつけなさいね。皆と離れちゃだめよ。あと、お願いだからくれぐれも問題だけは起こさないでちょうだい」
 追儺がいるから大丈夫かしら、とたまきが思った時には、ここのの姿は消えていた。

「待たせたの」
 ここのが待ち合わせ場所にやってきた時には、双葉、壬吾、葉霧がもうすでに来ていた。
「ここのさん、髪!」
「たまき叔母が結ってくれたのじゃ」
 双葉は紺地に可愛らしい橙の花と薄緑の葉が大きくあしらわれた浴衣を着て深緑色の帯を締めていた。その隣にいる壬吾は、薄緑色の地に同系色の縞が入った浴衣に紺の帯。長身で金髪の彼が浴衣を着ているにもかかわらずまったく不自然に見えないのは、一緒にいる双葉との色合いがいいせいだろう。きっと双葉が見立てたに違いないとここのは内心で思う。
「どこのお嬢さんかと思えば。よっ、ここの!可愛いじゃん」
「葉霧も、おぬしらしい浴衣じゃな。よく似合うておる」
 長身の葉霧は紺地の浴衣に赤い帯をきりっと締め、いつものように高い位置で結い上げたポニーテールを揺らして笑った。
「ありがと。ほーら、十斗も挨拶挨拶!」
 どうやら来ていたらしい十斗を葉霧が呼び込む。
「な、おいっ!」
 葉霧に背を押される格好でここのの前に出てきた十斗は、一目では灰色に見えるが黒地に白い模様が細かく施されている浴衣に、白っぽい帯を締めていた。
 意外に様に着こなした十斗に、ここのは笑顔で言う。
「似合っておるではないか」
 てらいもない笑みに、十斗はあらぬ方向を見ながらここのに返答する。
「着るの自体は、嫌いじゃない」
「いつもの短ランよりもよく似合っておるぞ」
 にこにこと笑いながらそう素直に誉めるここのにどこかバツが悪くなって、歩き出す。
「迷子になるなよ」
「それはエスコート次第じゃのう」
 すっと白い手を出されて、ひらりひらりと振られる。手を繋げと言わんばかりのその仕草に、十斗は一瞬瞠目して、やがて苦笑しながらその手を取った。
 自然な様子で二人並んで歩き出す姿に、葉霧と双葉は思わず顔を見合わせる。
(「「どうなっちゃってるの!?」」)

 手を繋いで歩き出せば、こうしてここのと歩くのがなぜか懐かしいような気分がした。
 ふと手を引かれて、そちらの方を見る。
「なんじゃ、わしは褒め損か?」
 首を傾げた拍子に、しゃらしゃらと鳴る涼やかな音。
 普段と違う彼女の姿に、十斗は照れくさい気持ちと素直な気持ちとの狭間で悩む。
 そうしてしばらく無言で悩んだのち。
「・・・似合ってる」
 そのぶっきらぼうな一言に、ここのの顔に満面の笑みが浮かんだのは言うまでもない。

滑り込みで夏祭り話。みんなで浴衣着てお出かけっていいなぁと。
原作との時期のかねあいや、K区のお祭りの時期とかを考えていたら迷路にはまり・・・、
まさかの2年越しに陽の目を見ました。お蔵入りしなくてよかった・・・。
作中の夏祭りはそれぞれ江東区の祭りをモデルにしました。江東区、夏充実してるな!

(2012/08/26 公開)