ある夏の暑い日の話
(※無印設定で十斗×ここの)
「あついのじゃ」
世話になっているたまきのマンションの居間で、ころりと横たわったここのがぼやく。
右手に持っているのはうちわ。パタパタと扇ぐと申し訳程度に生み出される風も、この暑さですぐさま熱風と化す。
「あつい」
それもそのはず、現在の部屋の温度は34度。室内に設えられたクーラーをつければいい話なのだが、人工の冷気が苦手なここのはそれを頑なに拒んでいた。
ベランダに続く扉を開け放ってはいるものの、期待するほどの風もなく、すぐそばに吊された風鈴もぴくりとも動く気配はない。
「出雲はこれほど暑くなかったぞ、のう追儺?」
「東京は出雲とは違うってことだよ、ここの。さすがに九階じゃ日差しがきついね。マンションっていうのは暑いものだね」
てゆかクーラーつけなよ、と言う追儺だったが、自分はお椀にたっぷりと満たした冷水の中に浸かっている。ご丁寧に頭には濡れたガーゼを乗せて、濡れた毛並みが肌に貼りついているもののとても涼しそうだった。もちろん、そのどれもはここのが用意してくれたものだ。
「お主はずるいぞ。自分だけ涼みおって」
「ここのも水風呂に入ればいいじゃないか」
「わしは風に当たりたいのじゃ。自然な風を感じたいのじゃ!」
そうぼやく間もぱたぱたと哀しげな音を立ててうちわで扇ぐことをやめない。
「・・・しかしこれじゃ、まさに灼熱地獄じゃの〜」
そう言いながら、暑さにぐったりと伸びている姿がさすがに可哀相になり、追儺はある提案をここのにしたのだった。
***
「すーずしいのぅー」
涼やかな風が入り込む縁側で、ここのはころりと横になる。
「だからって何で俺んちに来るんだよ!!」
そうここのに向かって声を上げたのは、この家の主。普段は短ラン姿の彼もさすがに休日ということもあってか、ランニングシャツにハーフ丈のパンツとラフな格好だ。
「なんでお前がうちでくつろいでるんだよ!!」
「追儺が教えてくれての。十斗、おぬしの家は涼しいのぅ」
十斗の家は昔ながらの日本家屋で、庭も広いせいか風もよくはしり、とりわけこの庭に面した縁側は格別に涼しかった。
それはそれは心地良さそうに縁側に伸びたここのの姿に、十斗も怒るのが馬鹿らしくなる。怒鳴れば怒鳴るだけ暑さが増すという現実に気づいたというか。
「・・・ったく、勝手にしてくれ」
はぁ、とひとつ嘆息をつくと、どっと気が抜けたような気がして。気持ち良さそうに寝そべったここのの、顔に近い方の縁側に並んで腰掛けた。
遠くで蝉の鳴く声がする。頭上に広がるのは抜けるような青空と、湧き上がる白い入道雲。気だるい夏の空気が風とともに入ってきて、それもすぐに涼やかな風にかき消される。
何か話をするわけでもなく、ただ二人でそこにいるだけ。ただそれだけのことなのに、何故か不思議と穏やかな気持ちになった。
ここののほうを見下ろし、彼女が目を閉じているのをいいことにその顔をじっと見つめる。
黒々とした長い睫が、縁取るようにその白い細面に繊細に影を落とす。その肌にじんわりと玉のような汗が浮かんでいるのが見えて、一瞬どきりとする。張りついた髪の幾筋かが、肌の白さをさらに引き立てて、十斗はなんとも言えない昂揚を感じた。
「・・・髪、暑くねぇの」
一瞬自分が抱いた邪な感情に、十斗は自分でも理解できない焦燥感に駆られて、意識的に言葉を発すことで打ち消す。
「うむ?」
ぱちりと目が開いたらしいここのと顔を合わせるのが悪いような気がして、視線を合わす間もなく、十斗はここのの髪に触れる。
寝転がったここのの髪を手に取ると、さらさらと逃げていくように手の中からこぼれ落ちる。艶々とした癖のない黒髪が滑り落ちる感覚が、なぜか知っているような気がして一瞬不思議な感慨を覚えて。
不思議そうに見上げるここのの視線を感じて、十斗はあわてて当初の目的を果たす。
「こうしたらすこしは涼しいだろ」
結ってやった三つ編み。決して見目のいい出来とは言えなかったが、うれしそうに三つ編みを摘むここのの姿に、十斗はなんとなく照れくさくなった。
そんなある夏の、暑い日の午後のおはなし。
今年の夏も暑かった。暑いのでカッとなって書いてみました。
男子が三つ編み結えるのかという疑問は、ほら十斗器用そうだし(適当)。
個人的にはお椀に入って鬼太郎父スタイルのネズ公を出せて満足しました(台無し)。
(2012/08/25 公開)